猫の日
2002年2月22日昔、今日が猫の日だと聞きました。
にゃん×3ということで・・・
ちょこっと、この話を誰にでもしてみて、皆がどんな反応をするのか
楽しんでしまいました。あしからず・・・
*****************************
夜、一足早い「修論提出お疲れ様会」を研究室の仲間が開いてくれました。
仲間達です。全員ではありません。
私の研究室は、ただいま、抵抗勢力と首脳陣に分かれています。
そう見えるだけ?のような気もしますが。
とにかく、上っ面だけでいいならと、なにかと
『和』を保つこともしますが。
でも、それでも、ひどく罵倒されたり、セクハラがあったり
プライベートに土足で踏み込まれて嫌な思いをします。
そんなときは愚痴が噴出します。
悪い人たちではないとは思いますが。。。。
一部、問題ありなのは確かです。
我慢すればどうとでもなる・・わけではないので、
それなりに自己主張もします。
決別したこともあります。
言っても無駄だから、そこで余計なエネルギーを使わずに
ちがうことに使おうとしたこともあります。
でも、しょうがないのです。
人格と仕事の実績はちがうし、その人がいないと研究することはできないし。
いろんな人がいるんだ・・・と言う意味で、反面教師として
立派に貢献していると言う意味では、感謝もできます。
でも、「死ね」などと言う人にはついていけないのも事実です。
こういうところに教授は関われません。
忙しいし、人間関係は教授の仕事ではないから。
自分達で解決せねば・・・というわけで、何かと皆さん、心を砕いています。
とくに後輩達。
いいように利用されて、弄ばれている様は滑稽です。
心の中で、こういう人だから、しょうがないから、
ばっさり切っているといった後輩達。
私らは、どうすればいいのやら。
愚痴るだけでなく、何かといろんな努力してきてその結果がこれ。
言ってもやはり無駄?
でも、ダメだというレッテルを貼って、決め付けておいたままで
一生変わることがないのだからと、何もしない。
それも寂しい。
そう、寂しい人なのはわかるのよ。
人を信じられないから、そうなった寂しい人なんだということは。
だからと言って、許されないこともあります。
うーん。私はやっぱり許容範囲が狭い。
落ち込んだけど、それでも、この仲間達がいなかったら
私はとっとと大学を辞めていたことは確かなので
すごくすごく感謝してます。
ありがとう。
コメント